アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る 其の弐

こんにちは、ヘッタ・チャンです。

前回紹介した「アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る」の続きです。

今回は、企業がアフターデジタルになるために考え方をどう変えなくてはならないか
また、その結果がどういった形で私たちの利便性が増すか

そういった部分を紹介します。

今までの考え方をすべて捨て一からデジタルで今のビジネスを考える必要があるという点は、本書を読むと強い説得力を持っていました。

また西洋と中国では、データに対する考え方が、全く逆で
すべてのデータを基本個人の所有とする西洋型か、企業または国家で所有し管理する中国型
21世紀的人権的視点では西洋型であるべきですが、企業の成長、社会の安定に関しては中国的スタイルのほうが、実績を上げている点など理想と現実の乖離に頭を悩ますこともしばしばです。

他投資でいうと今年の株価を動かしたアプリの一つに「ドラクエウォーク」があげられますが、アプリの改善の速さやゲームスタイルは本書を参考にしたのではないかと思うことがあり、日本企業でも、アフターデジタルにうまく移行している企業もいることを感じました。

なお私はドラクエウォークをがっつりやっているのに、もろもろの関連銘柄の上げに乗れなかった残念な投資家であることを付け加えておきます。

 

以下抜粋

店舗は物理的制限からスタートしているため、それをデジタル側に持っていこうとすると、物理的制約をデジタル側に持ち込むことになります。
しかし本来デジタルは理想行動を作れるはずなので、デジタルを起点に考えるとより自由な発想ができます。

自分が正直に支払い、良い行いをコツコツ行えば、無駄な証明をしなくても自分が信頼できる人間だと理解してもらえる。近未来的なことが、「デジタル体験側に軸足を置いて思考する」という共通概念を持った人々によって既に生み出されています。

 

OMO型のビジネス発想はRPGゲームに非常によく似ています。
OMO型で成功しているビジネスの多くに存在する共通点として「ゲーム的にインセンティブ獲得が設計されている」という点が挙げられます。私(藤井)はRPGゲームの「ドラゴンクエスト」が大好きで、いつも思っていたことがあります。
「スライムを倒した時の経験値が分かったり、あといくつでレベル上がるか分かったり、毒の沼地を歩くと歩数に応じて一律にダメージを受けたり、ゲームって全部可視化されていて楽な世界だな…」と。

 個人主義の欧州では、個人データとプライバシーの保護は基本的人権の1つとして考えられ、欧州連合(EU)の基本権憲章でも保障されています。
2018年5月には、個人データを扱う事業者を対象にした「GDPR」(EU一般データ保護規則)の施行が始まったばかりです。

 

一方で、中央主権の中国では、
「国民はデータを提供し、国が一括管理をして国民のために使う」という考え方が当たり前になっています。実際14億人もの国民がいて、その全員が個人データを提供すれば膨大なデータがたまってAI技術の向上につながっていきます。
「データを提供することで、より良い生活、よい国にしていこう」という考え方が根付いているのです。

 

中国では土地は国有財産であり、国民に対して国から貸し出されるものと捉えられています。いまでは土地よりも、データが富や利潤を生む時代になったので、データも土地と同じように「市民が国に預けることで、国は効率よく活用して国民の利益を生み、国全体が豊かになる」という考え方はまったく不自然ではなかったのでしょう。

 

ソーシャルの時代は、人に教えたくなるような圧倒的な体験が“貨幣”になります。圧倒的な体験はほうっておいてもソーシャル上で流通し、流通している切り取られた情報に刺激された人は現地に出向き、現地で360度全方位、五感を刺激される体験ができればそれをソーシャルに投稿し、その投稿でさらにリアルへの訪問者が増えるというサイクルが起きます。

 

決済という作業は、商品を売る側と購入する人が仕方なくやらなければいけない行為で、もしこれを短縮したり不可視化できたりすれば、買い物という行為は本来の人間対人間のコミュニケーションや物語の交換に戻って、売りたい人と買いたい人の意識が一瞬でつながることができる」と話しています。

 

カーンが提案しているのは、生徒はまず自宅でユーチューブの授業を聞いて予習をして、学校では授業で分からなかった箇所を生徒同士で教え合ったり、教師に質問したりするという方法です。このほうがずっと効果的との指摘もあり、学校での学びも変わりつつあります。

 

ホスピタリティを徹底することで経済合理性が成り立つという従来奇跡のように見られていた事例が、中国平安保険のように、テクノロジーによって実現しやすくなっている と捉えることが重要

 

変革がうまく進んでいる企業は、会社全体に大号令をかけるのではなく、 社長以下、特定の役員・部長・現場が「変革ライン」として1本でつながっています。同じセミナーを全員で受けたり、重要メンバーでデジタル先進国への視察を行ったりして、変革ラインのメンバーで同じイメージを共有します。この目線合わせは非常に重要です。

抜粋ここまで

アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る

こんにちは、ヘッタ・チャンです。

日本の成長率が諸外国に比べて低いのは、仕事の効率が悪い=生産性が低いとよく言われますが。それがさらに加速していきそうだなと暗澹たる気持ちになった本があったので、こちらでもシェアしてみます。

その一冊とは「アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る」です。
業界団体の圧力で印鑑すら公的関係で必要になる日本、一方共産主義と資本主義のいいとこどりで、世界を席巻しつつある(一部では席巻済み)の中国。

本書では、デジタル革命のその先に、人間の行動すら変えてしまうデータの蓄積とその活用方法がいくつも紹介されています。

日本のビジネスパーソンは「デジタルが完全に浸透した世界をイメージできていない」

とは本書の言葉ですが、私自身、全くイメージできていないことを痛感させられました。

タクシー配車アプリのDidiが中国から日本に上陸していますが、広告戦略や使いやすさなど日本発のアプリとは一線を画すのは、使ってみて明らかでした。

「三方よし」をビジネスで実践するのが、アフターデジタルという点で大いに参考になりました。
株式投資先を考える中で、本書のような考え方ができる企業を選ぶべきなのは言うまでもありません。

これからくるサービスの在り方、考え方がよくわかるオススメの一冊です。

以下抜粋

日本のビジネスパーソンは「デジタルが完全に浸透した世界をイメージできていない」

 

「次々とデータが生み出される」という状況が一番重要なポイントで、このようなデータを基にサービスが生み出されると考えるのではなく、社会基盤そのものが再構築され、ビジネスモデルもルールも抜本的に変わっていくと捉える必要があります。
つまり、「デジタルによる社会システムのアップデート」 が起きるのです。それは、 単体事例の先進性を見ていては分からないこと

 

中国では、モバイク買収のようにリアルを活用したオンラインサービスが発展したのですが、その背景には、オンライン上での顧客獲得単価が上がり過ぎてしまい、リアルの顧客データのほうが高効率になった、という事情があります。
実店舗や路上を活用したサービスを提供したほうがデータを集めやすい、というわけです。

 

(タクシー配車サービスで)最も満足度を高めるのは「安心して素早く目的地に行けること」です。
そこに直接的に関わるポイントのみデータを取得し、評価に反映させる仕組み を作っているのです。
ドライバーは「何をすれば点数が上がるか」が分かっているので、その評価スコアを高めるためにコツコツ善行を積むというわけです。

 

ディディがすごいのは、良くも悪くも徹底的に性悪説で、放っておいたら何をするか分からないので、「人は実利主義である」という認識の下、マナーの向上やサービス品質を一つひとつデータにとって可視化し、ドライバーに課題を課す仕組みを作って解決したこと

 

従業員からすれば、何をどう努力すれば評価されて昇進できるかが明確だとモチベーションは上がるものです。
データを活用した仕事の評価システムの導入で従業員が変わり、その広がりで社会全体が変わって民度が上がるという現象が起きています。
それが、今の中国の現状

 

ディディが構築したような評価システムを使ったサービスは、活用示唆にあふれています。
ユーザー側とビジネス側、双方の異なるインセンティブの体系を見極め、それらのデータを活用して厳密に評価することで、三方良しを実現しています。このようなシステムから日本企業は大いに学ぶべきでしょう。
中国の若い先進企業とこうしたアイデアを話すとき、いつも「それは、買い手と売り手にとってどんなメリットがあるの?」 という質問が出てきます。実利主義だからこそ、インセンティブ設計をしっかり行い、Win-Winの関係を作ろうとする

 

「なぜ企業側がそこまでデータを収集しなくてはいけないかというと、これからのビジネスはデータをできる限り集め、 そのデータをフル活用し、プロダクトとUX(顧客体験、ユーザーエクスペリエンス)をいかに高速で改善できるかどうかが競争原理になるから

 

アフターデジタル移行後の中国は、日本よりも「もっと社会を便利にしよう」「価値や利便性、インセンティブを相手に与えよう」と考え抜かれている ように思います。
O2Oとは「チャネルをつなげて送客する」という企業視点の考え方でしたが、OMOは「顧客から見たら融合しているほうが便利」という顧客視点の考え方です。そこが本質的に異なっています。

 

アリババは、中国国民の約半分にあたるユーザー数のオンライン購買データを所持しています。子会社が提供するアリペイも含めると、オフラインの購買データも国民の半分程度を所持しています。さらに、アリババの投資先や経済圏からのユーザーの消費行動や移動データを含めると、「どの土地にどのような人たちが住んでいて、どのような生活をしているか」を明らかにできてしまうほどの膨大なデータを持っていると言えるのです。まずはこのことを頭に入れておく必要があります。

抜粋ここまで

「いつでも転職できる」を武器にする 市場価値に左右されない「自分軸」の作り方

こんにちは、ヘッタ・チャンです。

昨年無職になり、エンジュクさんのこの日記があるおかげでぎりぎりライターと名乗れたものの、ついにこのご時世、投資日記ステーションも役割を今月いっぱいで終わることとなりました。

そうです、私は限りなく本物の無職となりました(爆)
先月のように月マイナスを出した日には、無職以下です、お金がヘッテルのですから

さて、そんな人としてかなりやばいところに足を踏み込んでしまったので、急いで読んでみたのが

「いつでも転職できる」を武器にする 市場価値に左右されない「自分軸」の作り方

今とても売れているようで、この出版不況でも既に5刷と絶好調のこの一冊

私の次の職探しだけでなく、投資に対する考え方にも役だったので、以下に参考になった部分を抜粋してみました。

以下抜粋

報酬水準の高低は、個人の頑張りではなく、利益がでやすいか否か、業界のビジネスモデルによるからです。
同じ人事の仕事でもTV局なら年収1500万円、ガソリンスタンドなら372万円と、年収差は4倍になります。
同じ仕事をするなら報酬水準が高い業界の方が得

本当に美味しいポジションは求人情報サイトや人材紹介会社に届く前に決まるのです。
・ヘッドハンター
・退職した上司、先輩、同僚、後輩
・友人知人の紹介
などが代表的です。
一番美味しいのは友人、知人などからの紹介 です。リファーラル採用と言います。社員が自分の知人を我社に紹介して入社してもらう「社内人材紹介」のことです。メルカリの中途採用の9割はリファーラル

好きなことを、ライフワークの趣味で楽しむか、仕事にできるかは、その業界の市場特性が一番影響 を持ちます。

どんなに儲かっても、そのビジネスの寿命が短いと、その業界の人たち全員に高い報酬を払い続けることは難しくなります。
ルーズソックス、白いたい焼き、ハイパーヨーヨーは覚えているでしょう。一時流行りましたが、今はもう見る機会はほとんどありません。
というように流行り廃りが激しいビジネスは一時どんなに大きく儲かってもボーナスを一時的に上げるくらいしかできません。
ミクシィは2017年発表の「一人当たり営業利益が高い企業ランキング」(東洋経済オンライン)で2位。一人当たり約1億4000万円も営業利益をあげていますが、平均年収は694万円なのはそれが理由です。

林修先生はビジネス書のベストセラーをいくつも出されていますが、ビジネス書を書くこと自体は好きではなかったとTVで発言されていました。
編集者に「自己啓発書」を書いて欲しいと言われて、「予備校講師なのに、編集者からみたら自己啓発書がかけるように見えるのか。なら、やってみよう」と手掛けたそうです。
結果、ベストセラー連発。今でも自己啓発書を書くこと自体は好きではないが、求められ、関わった編集者が喜び、読者が助かることなら、やりたいと自分の中で自己啓発書を書く意味合いを変えたそうです。

私の友人で「首切り屋」と呼ばれる人事部長がいます。彼の転職先では必ず3年以内にリストラが起きると知られているので名前は出せません。
彼は衰退・再展開期が得意なので、必然とリストラ担当となりますが、一発で成功させ、去る人、残る人にとって一番いい条件でおさえ、事業も再展開への道をあがり、再浮上が見えた段階で次の組織に移ります。
60 歳近くになりますが、今でも引っぱりだこです。 「誰もが嫌がるけど、実は向いていて得意」という業務分野で、未来永劫なくならないものが見つかれば、ある意味最強 です。

会社の経営理念を取り出し、それをYESとするなら、反対のNOは何かを書き出せば、会社のカルチャーの背骨がハッキリみえてきます。
何がYESかNOかがわかれば、それがあなたの資質とフィットするかみえてきます。

ビジネスの世界では、後者の相手の主観に沿って正しいかが一番です。ここでポイントがあります。   ありがとうの声=提供価値を示すとともに、その根拠となる実績をセットで示す必要があります。

今は、新入社員が入社日に転職サイトに登録するのが当たり前です。
すぐ辞めるのではなく、情報収集の意味合いがメインだそうですが、情報収集の前に身に付ける社会人として一番大事なスキルがあります。
それは「想定外の変化に慣れること」

2010年、ミシガン州立大学の心理学者、ジェイソン・モーザーの実験によると、失敗から学べない人は、失敗を受け止めず、失敗の理由を自分の知性や能力のなさにするそうです。
ところが、学習能力の高い人は、失敗を自分の力を伸ばす上で欠かせないものとして自然に受け止めることができるという結果がでたのですが、一つ盲点があるそうです。「できること」「うまくやれること」だけをやっていると、この勘がだんだんと鈍ってくるとのこと

芸能人はなぜ干されるのか? 其の弐

こんにちは、ヘッタ・チャンです。
昨日紹介した増補新版 芸能人はなぜ干されるのか?

今回紹介するのは、レコード大賞の裏側、タレント視点からの映画、テレビ業界の歴史などです。

テレビ局、映画会社はかなりの数上場していますが、彼らの歴史は、本書によると独占による搾取です。

電波利権と揶揄されますが、私企業がカルテルを作って顧客を囲い込むと資本の論理が働かないことがよくわかります。
また自浄作用がないので株価も上がらないことが多いようです。

山本富士子、森進一、小柳ルミ子、石原裕次郎など、今でもテレビで見る名前が業界で辛酸を嘗めさせられた話や、追放された何人かは映画業界からテレビ業界に活路を求め、さらに飛躍した話などタイミングや業界の変化など様々な要素に気づかされました。

以下備忘録的抜粋

こうした接待攻勢を仕掛けるのは、当然、元が取れるからだ。
当時は(レコード大)賞を獲ると、すぐにヒットチャートに反映されたし、テレビ・ラジオの出演料は 20〜 30% アップし、地方公演のギャラも2倍、3倍に跳ね上がった。
レコード会社は「グランプリ予算」を何千万円も計上し、接待工作に血道を上げていた。

レコード大賞の茶番劇は、その後も続いたが、 94 年には思わぬ番狂わせが起きた。
この年の大本命と言われたのは、バーニング所属の藤あや子『花のワルツ』。藤が所属するレコード会社は祝賀会用のパーティー会場を赤坂プリンスホテルに予約していた。
だが、大賞を受賞したのは完全にノーマークだったMr.Childrenの『innocent world』だった。

レコード大賞の権威を高めるには、審査員を一切発表せず、1万人以上の音楽関係者の投票で決める、アメリカのグラミー賞のようにすれば良いのだろう。
だが、半世紀以上の歴史がありながら、レコード大賞は本格的な改革が実現しなかった。結局のところ、レコード大賞の使命とは、芸能プロが売り出したい歌手に賞を獲らせ、TBSがある程度の視聴率を稼ぐということにすぎない

大日本活動写真協会は四社の映画を興行する全国1600余りの映画館に対し、4月1日以降、東宝系映画を上映した場合、4社の映画を供給しないことを通告した。
中略
このボイコット決議により、東宝系映画を上映する映画館は245館から 17 館にまで減少し、東宝は大打撃を受けた。
だが、そんな中でも日活から獲得した二大スター、入江たか子、高田稔共演の『良人の貞操』がヒットを飛ばした。勢いに乗った東宝は、8月までに系統館を二百数十館にまで伸ばし、ボイコットに打ち勝った

1950年代から 60 年代にかけてスクリーンで活躍した山本富士子は「日本一の美女」として、また、五社協定最大の被害者として知られる。 山本は 50 年、第1回「ミス日本」に輝き、審査員だった大映の永田社長に見出され、3年後に大映に入社した。山本は103本の映画に出演し、「日本を代表する女優」という評価を得るまでになったが、気が進まない作品であっても拒否権はなかった。
中略
新東宝が倒産したのは、山本が大映を退社する2年前の 61 年のことだった。
当時の映画界はテレビの攻勢や娯楽の多様化によって斜陽化が進行していた。
映画館入場者数はピークの 58 年で 11 億2745万人だったのが、 63 年には5億1112万人と半分以下にまで落ち込んでいた。
これに危機感を強めた5社の首脳は、五社協定の強化で難局を乗り越えようとした。
当時は石原裕次郎や三國連太郎が独立プロダクションを設立し、萬屋錦之介も同様の計画を進めていた。その矢先の山本のフリー宣言は格好の見せしめだった。
また、菊田によれば、山本の映画界パージにはもう一つ、「相手方(永田)は紳士的であろうとするために、山本君の円満退社を承認する。承認しておきながらも、その胸の中には使用人に反抗されたという不愉快さが残る……つまり、他の四会社は、その不愉快さに同感の意を表している訳なのである」として、山本と永田の間に感情的なもつれがあった
中略
映画や舞台への出演の機会を閉ざされた山本は、活動の場をテレビに移した。フリー転身後初のテレビ出演は 63 年7月7日放送のTBSドラマ『明治の女』だった。
視聴率はドラマとしては過去最高の 43% だった。山本はその後もテレビ出演を続け、やがて新歌舞伎座の松尾國三から声をかけられたことがきっかけで、舞台に活動の軸足を傾けていったが、映画には二度と出演しなかった。
映画監督の市川崑はたびたび山本に映画出演をオファーしたが、山本は頑として首を縦に振らなかった。 映画界は貴重な人材をパージし、自らの首を絞めた。その結果として斜陽化に、ますます拍車がかかっていった

1979年、芸能界史上最大のタレントの独立事件が起きた。森進一がデビュー以来 13 年間所属した渡辺プロダクションから独立したのである。
中略
この時、晋から「独立を白紙に戻し、森は渡辺プロに復帰する。半年後、渡辺プロ 50% 出資の会社を設立し、スタッフもつけて送り出す」という条件が出た。森はこれを飲みかけたが、晋に念書を書いてくれるよう求めたところ、断られたため、破談となった
中略
森の独立をあっさり認めれば雪崩現象が起きかねない。森のような不良タレントには、きついお灸を据えて他のタレントを牽制をしなければならない、というのが芸能事務所全体の考えだった。
そこで、音事協がこれを体現し、放送局に「森は使わないでしょうね」と圧力をかけていたと言われている。

「渡辺プロの秘蔵っ子」とさえ言われた(小柳)ルミ子の反逆を渡辺プロは許さなかった。
渡辺プロは絶縁状に近い挨拶状を各マスコミ、芸能関係者に送りつけ、週刊誌を使ってルミ子の人格攻撃を開始した。
中略
非常識な行状が週刊誌で暴露され、「小柳に仕事を与えるな」という内容の怪文書も出回った。 音事協からも「小柳を使うな」というお達しがテレビ局などに回っていた。色ボケを糾弾され、経済的困窮や離婚危機も囁かれたが、ルミ子は堅く口を閉ざした。


芸能人はなぜ干されるのか?

こんにちは、ヘッタ・チャンです。

少し前に、騒がれた闇営業事件。
吉本は以前上場していて、2010年にMBOで上場廃止に。
今その株主には、各テレビ局がなっています、

投資の世界ともリンクしていたので、この業界の裏のことも知ってみたいと思い読んでみたのが、
増補新版 芸能人はなぜ干されるのか?

芸能界と一般との常識乖離、業界の歴史とタレントの栄枯盛衰と併せて興味深く読める一冊でした

読めば読むほど、下記リンクにあるようによく2010年まで上場できてたな…と思わされます。

吉本問題は2010年上場廃止に端を発するコンプラ逃れのツケである

自分も大分年なので、本書に出てくる干された芸能人たちを懐かしくそして悲しく思い出しました。
組織の力の前では、個人の才能も簡単に摘み取られ、理不尽な仕打ちに甘んじなくはいけなくなることが嫌と言うほどわかります。

金融業界は、金銭というわかりやすい物差しがあるのでシンプルですが、芸能の世界はそれだけではない価値観で成り立っているので、あの世界を上手く渡りきるのは大変なことだと思い知らされました。

以下備忘録的抜粋

複数のメディアが北野(誠)の芸能活動休止を報じた。
松竹芸能の公式サイトでも、関係者への謝罪とともに北野の無期限謹慎処分、関係する役員・社員を懲戒処分にしたことが発表された。
そうした状況での北野本人の会見である。記者からの質問は、当然、これだけの騒動の原因となった「不適切な発言」の内容に焦点が集まった。だが、北野は「蒸し返すことになるので容赦してほしい」と言うのみで、真相を明らかにしなかった
中略
サザンの所属事務所はバーニングではなくアミューズだ。
どうして、バーニングがサザンの(原盤権の)権利を保有しているのか。アミューズの創立者である大里洋吉は、サザンを売り出した当時、渡辺プロダクションから独立したばかりで資金がなく、プロモート費用をバーニングに頼り、その見返りとしてバーニングにサザンの知的所有権が提供された、と言われてきた。
ところが、『サイキック青年団』で作家の竹内は、大里には資金はあったのにバーニングが強引に資金を「押し貸し」し、サザンの原盤権を奪ったかのように話し、北野も「ワシらは出したる言うてんねんから、乗ったらんかい」と調子を合わせた。
中略
芸能界におけるバーニングの発言力は絶大なものです。バーニング系列とされる芸能事務所は 50 あるとも 60 あるとも言われ、その影響力は極めて大きく、以前からドラマなどのキャスティング権を牛耳っているとされています。
北野の無期限謹慎などの一連の処分は、北野発言に怒った周防社長による報復というのが芸能界の大方の見方

『サイゾー』( 11 年5月号)は「週刊誌デスク」のコメントとして
「歴史が長い芸能プロは基本的にタレントと契約書を交わさない、いわば信頼関係から成り立つ口約束がほとんど。でも水嶋はそれを嫌い、交際していた絢香も含め、CMやドラマ、映画などの出演料の取り分を定めた契約書を結ぶよう交渉した」と指摘している。

「タレントは所属事務所を独立してはならない」
「タレントは事務所の移籍をしてはならない」
「タレントは所属事務所の指示に従わなければならない」
これが「芸能界の掟」と呼ばれる芸能界に特有のルールだ。
タレントは一般の労働者が当然、持っている労働基本権(自主的に労働することを妨害されない権利、労働組合を作り加入する権利、労働組合加入を強制されない権利、雇用者と団体交渉を行う権利、合法的に争議を行う権利など)を持っていない。
それを阻んでいるのがタレントを管理する「芸能事務所」、あるいは「芸能プロダクション」であり、それを組織化した「日本音楽事業者協会(音事協)」のような事業者団体の存在だ(なお、本書では主に「芸能事務所」という表記を用いることとする)。

(所属事務所)T& Cの年間利益が 20 億円で、そのうちのピンクレディーの年収を3600万円として計算すると、ピンク・レディーの取り分は総売上げの1・8% にすぎない。ピンハネ率は実に 98% にも達する
中略
だが、ピンク・レディーは 81 年3月のコンサートをもって解散してしまう。そしてT& Cも同年9月、2回目の不渡り手形を出し、事実上の倒産となった。

今でも吉本の看板タレントが出る番組には、松竹のタレントは基本的に出演できないことになっている。吉本の芸人は、売れれば、自分では気が進まない仕事であっても、後輩のバーター出演のために請けなければならないという。吉本興業は、そのようにして縄張りを拡大させてきた

秋元は放送作家として『夕やけニャンニャン』に関わり、多くの曲の作詞を手掛け、おニャン子の仕掛け人と目されていた。だが、実際にはテレビ局主導で振り回されるばかりで、周囲には「おニャン子の利益は局に全部持っていかれた」とボヤいていたという。
中略
AKBは劇場を持つことでテレビ局を排除することに成功した。だが、それだけでは不十分だ。AKBを自立したビジネスに育てるためには、芸能界からの妨害を阻止し、協力を取り付けなければならない。
中略
AKBがブレイクすると、芸能プロダクションの集まりである日本音楽事業者協会(音事協)で会議が行われた。AKBのメンバーを、各事務所にどう分配するか、という話し合いだ。
中略
AKBのビジネスにとって重要なのは、音事協を敵に回さず、協力を取り付けることである。そのための人身御供として、メンバーは各事務所に預けられているにすぎない。 かくしてAKBは主導権を放送局から奪い、談合によって利権をバラまき、芸能界からの妨害を回避し、「オール芸能界」を演出することに成功した。AKBが長期間にわたって芸能界に君臨できたのは、こうした理由によるところが大きい

誰もが嘘をついている~其の四

こんにちは、ヘッタ・チャンです。

以前紹介した「誰もが嘘をついている~ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性~」、今回は、投資に関するビッグデータの話題を本書からいくつか紹介します。

結論から言うと、投資の世界ではビッグデータはそれほど優秀な成績を収めていないと著者は言います。

理由は変数が多すぎて、偽りの変数を有効としてしまうからです。
(本書では「次元の呪い」という言葉を使っています)

また興味深いトピックに企業がビッグデータを使い、顧客から限界まで搾り取るための仕組みを徹底して取り入れているという話があります。

企業としては当然の行動ですが、消費者としては釈然としない部分もあり、考えさせられます。

他にもどういった言葉を使う人間が借金をしても返済し、返済しないのかなど金融ネタとして引き込まれるネタがあり、最後まで楽しく読めました。

今年のベスト3に入る良い本でした。

以下抜粋

既存の研究の成果が乏しい分野では新たなデータが一大飛躍をもたらしやすいと述べた。だが、人種差別主義、児童虐待、そして中絶についての洞察を得ることに比べて、企業業績をいち早く察知して儲けることは、残念ながらはるかに難しい。
なぜなら企業業績のかすかな変動を探るために既に膨大な資源が投入されているからだ。金融分野における競争は激烈である。それだけでも逆風だ。

最近の研究では、IQに関わる遺伝子変異についての 12 の有名な科学的発表を、1万人ものデータをもとに検証した。
その結果、 12 の先行研究が報告した相関性のどれ一つとして再現できなかった。
これらの主張はどこがいけないのか? 次元の呪いである。いまや科学界でははっきりしていることだが、人間のゲノムには数百万通りもの違いがある。ごく単純に言えば、数が多すぎて試験しきれないのだ

どうすれば次元の呪いを解けるのか?
まず自分の研究に謙虚になり、その結果に入れ込まないことだ。初期結果が出たら追試しなければならない。虎の子の運用をコイン391番に託す前に、今後数年間にそれがどれくらい正確に証券市況を予言できるのかを試してみるのだ。
社会科学者はこれを「アウト・オブ・サンプル」テストと呼ぶ。そして試験する変数が多いほど、より謙虚になる必要がある。
変数が多いほど、「アウト・オブ・サンプル」テストは困難になるはずだ。さらに、すべての試験の結果をきっちり記録し続けることも必要だ。そうすれば、いかに次元の呪いにかかりやすいか、実験結果にいかに懐疑的であるべきかが、身に沁みてわかるはずだ。

解決法は必ずしもビッグデータではないのだ。ビッグデータを最大限に活用するには、えてして隠し味が必要である。すなわち人間的な判断力と、いわばスモールデータとも言うべき小規模なサーベイだ。

研究の結果、借金希望者の言葉遣いが、返済率の強力な予言因子になることがわかった。しかもそれは、融資判断の関連情報、たとえば信用レーティングや収入などと比較してもなお重要な因子だった
中略
借金を返しそうな人間の言葉遣いについてだ。
「低利率」とか「税引き後」などは借り手側の一定の金融知識を示しており、従って彼らの返済率が高いことはおそらく驚くにはあたらないだろう。さらに「学卒者」とか「負債なし」のように、何らかの良き実績をアピールする人も借金を返しやすい。
一方、「お金はお返しすると約束します、神よどうかお助け下さい」と書く人は、最も返済可能性が低い人物だ。人の慈悲心に訴えること――親類が「病院」に入っているので金が必要なのだという人――は、借りたカネは返せないと言っているようなものだ。
中略
この研究によれば、支払計画を詳細に示し、かつて果たしてきた約束を列挙する人々は、総じて借金を返しやすい。金を返すと約束し情に訴えようとする人々は、借金を踏み倒す明らかな徴候を示している。
理由はどうあれ、あるいは約束をする人間は実際には約束を破ること必定という人間の本性についてこの研究が何を意味しているのであれ、債務不履行を予見する非常に貴重な知見が得られたと研究者らは考えている。
「神」に言及した人は2・2倍も借金を踏み倒しやすいのだ。「神」は債務不履行者を何よりあぶりだす単語の一つだった。

ギャンブルも絞り込みが顧客を危険に晒しかねない分野の一つだ。大手カジノ企業は、分身検索に似た技術を用いて顧客への理解を深めようとしている。
目標は、顧客からできるだけ多くを搾り取ることだ。彼らのポケットから自分たちの金庫へと、できる限り多くの金を移したいのだ。
中略
カジノ側は、どんなギャンブラーにも「痛点」があると考えている。それ以上の損をすると懲りて、かなりの期間、カジノから足が遠のく損失金額だ。
中略
カジノの経営者なら、ヘレンがスロットマシンに座ったときにどうしたいか? できるだけ彼女の「痛点」近くまで、しかしそれを超えない程度に、金を搾り取りたいはずだ。彼女に2999ドルの損をさせ、カジノは十分に稼ぎ、しかしヘレンにとってはギャンブルから足を洗うほどの損失ではないのが理想である。

ネット上のデータは、企業にどの顧客は避けるべきでどの顧客なら搾取できるのかを教えている。一方、消費者にもどの企業を避けるべきか、またどの企業が搾取的なのかを教えている。
今のところビッグデータは消費者と企業の戦いにおいて、いずれの側にも味方をしている。

数学者であるエレンバーグは、いったい何人が実際に書籍を読み通すのかに興味を持った。そしてビッグデータを活用してそれを調べる妙手を考案した。アマゾンのレビュー欄では、人々は書籍中の文章をさまざまに引用している。エレンバーグは、書籍の前半の記述の引用回数と後半のそれとを比較することを思いついた
中略
この方法によれば、ドナ・タートの小説『ゴールドフィンチ』は、 90%以上の読者が読了していた。
対照的に、ノーベル経済学賞を受けたダニエル・カーネマンの傑作『ファスト&スロー』は、およそ7%しか読了していなかった。
この大雑把な測定方法によると、経済学者トマ・ピケティの『 21 世紀の資本』に至っては、世評の高さとは裏腹に、3%足らずだった。要するに、人々は経済学者が書いた本は読了しない傾向が強いのだ。

抜粋ここまで

誰もが嘘をついている~其の参

こんにちは、ヘッタ・チャンです。

以前紹介した「誰もが嘘をついている~ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性~」、今回は、人生のイベントに関わるトピックを本書からいくつか紹介します。

私たちの好き嫌いが、ある年齢だったときの出来事に大きく影響を受ける話
生まれた国や地域によって、成功できる可能性や寿命が大きく違う話

など話題が尽きません。

個人的に考えさせられたのは、希望大学を落ちた場合でも、人生はそれほど変わらないが、当事者はそれを過大に評価するという分析でした。
1点差で希望校に落ちた人と、1点差で合格した人の人生は所得においてほとんど違いないと本書では説きます。
あの時、あの試験に受かっていれば、ああしていればと言う後悔は誰もがあるものですが、そこまでに至る姿勢その後の姿勢がぶれなければ良いのだと教えてくれました。

夏休みもそろそろ終わりですが、夏休みに是非読んでほしい一冊です。

以下抜粋

研究者らが発見したのは、政治的意見もスポーツ・チームの贔屓も、それが決まる過程はさほど変わらないことだった。人間には生涯の刷り込みになる重要な時期があるのだ。多くの米国人は 14 歳から 24 歳という重要な時期に、そのときの大統領の人気に従って意見を形成する。その頃に人気のある共和党大統領あるいは不人気な民主党大統領を戴くと、感受性の強い彼らは共和党員になる。その逆も同じ。
そしてこうした重要期に育まれた見解は、総じて生涯続く。

所得分布で下位 20%に属する両親のもとに生まれた子供が上位 20%入りする可能性を整理したものである。
貧しい家庭に生まれ育った人が豊かになる可能性 米国 7・5% 英国 9・0% デンマーク 1・7% カナダ  13・5%  見ての通り、米国のスコアは振るわない。
中略
米国は「機会の国」なのだろうか?  答えは、イエスでもノーでもない。地域によってイエスでありノーでもある、だ。
チェッティらは記している。「米国はさまざまな社会の集合体と表現するほうが正確である。一部の社会は『機会の地』であり、世代間の社会的流動性が高い。だが別の社会では貧困を脱出できる子供たちはないに等しい」

人は死は平等と考えたがる。何しろ誰もそれを逃れることはできない。王様も物乞いも同じ。ホームレスの男もマーク・ザッカーバーグも同じだ。誰もがいつか死ぬ。
だが富裕層でも死は免れないにしても、データはいまや、彼らならそれを遅らせられることを示している。今日の所得上位1%の米国人女性は所得下位1%の米国人女性よりも平均して 10 年寿命が長い。そして男性の場合、このギャップは 15 年である。
中略
興味深いことに、最も豊かな米国人にとっては、居住地は期待余命にほとんど影響していない。十分な金を持っていれば、女性でざっと 89 年、男性なら 87 年間は生きられる見込みがある。
貧しい人にとっては話は別だ。最底辺の米国人にとって、期待余命は居住地によって大きく違う。実際、貧困層にとっては正しい地域に住むことは寿命を5年延ばす効果があるのだ。

今日のフェイスブックでは、1日当たり1000件のA/Bテストを行っている。フェイスブックの少人数の技術者が毎日、製薬業界が1年に行うより多くの無作為抽出比較対照試験を手掛けている。
中略
A/Bテストが重要であることの根本的な理由は、人の行動は予測不能であるということだ。私たちの直感は、往々にして人々の反応を読み違える。

スーパーボウルでの広告は効果があるのかどうか、もしあるのならどの程度かを分析した。特に注目したのは、映画の広告が放映されたときに、視聴者が増えた地域で興行成績が大きく伸びたかどうかだった。  結果はまさにその通りだった。
中略
しかし効果の程度となれば話は別。分析結果を見た私たちは、何度も何度も確認を繰り返した。違いがあまりにも著しかったからだ。分析対象になった映画は平均してスーパーボウルの広告枠に300万ドルを投じていた。その投資は、830万ドルの売り上げ増加になって返ってきた。投資収益率280%である

エコノミストは宝くじの偶発性を利用して、急にリッチになった人々のご近所さんの暮らしがどうなったかも観察している。データは、ご近所さんが宝くじに当たるとあなたの暮らしも変わることを示している。
あなたもBMWのような高価な自動車を買うようになりがちなのだ。

出身校のランキングと将来の収入には、またもや明確な相関関係がある。職業生活に入った 10 年後、ハーバード卒業生の平均年収は 12 万3000ドル、ペンシルベニア州立大学では8万7800ドルである。
だがこの相関関係は、因果関係を意味しているわけではない
中略
2つの集団――いずれもハーバードに合格したが片やペンシルベニア州立大学を選んだ――のその後はどうなったか?
結論はスタイベサント高校の研究に負けず劣らず衝撃的だった。両集団とも、職業生活を通じておおむね同じ収入を得ていたのだ。
将来の収入を基準とするなら、同様な一流大学に合格しながら別の学校に入学した学生たちは、結局同じ職場に行きついていたのである。

抜粋ここまで

誰もが嘘をついている~其の弐

こんにちは、ヘッタ・チャンです。

前回紹介した「誰もが嘘をついている~ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性~」、今回は、インターネット上での私たちの行動がどれだけバイアスがかかっているかについてのお話をいくつか紹介します。

相場の世界ではブログやツイッターで投資成績や投資手法の開示が著しいですが、その開示に対してウラを取れることはほとんどありません。

はっきり言ってしまえば言ったもん勝ちの世界になりやすいということです。
毎回勝っていると吹聴する投資家、手法があるわりに、何故か複利の効果がつかないケースが多々散見されます。みんな億るどころか兆っていてもおかしくないはずなのに・・・

そんなインターネット上の自分を嵩上げてしまった私たちの本当の性質、実は成功していない、むしろ困っている、社会的に軽蔑されるような思想持っていることをインターネットの世界では、むしろ積極的に自白してくれている場所があると、本書では説きます。

私自身が性悪なので、この部分は読んでいてとても面白かったです。
都合の良いように他人どころか自分をも、人は偽ってしまう、これは知っておきたい性質でした。

以下抜粋

ポルノサイトやグーグルの検索データは、単に新しいだけではない。正直でもある。
デジタル以前の時代、人々はきまりの悪い考えは他人に漏らさなかった。それはデジタル時代になっても変わらないが、インターネット上とりわけグーグルやポーンハブのように匿名性が守られるところではさにあらず。これらのサイトはいわばデジタル自白薬のようなもので、従って広範な近親相姦への憧れを知ることができる。
ビッグデータのおかげで、欲望と行動の言行不一致がとうとう明らかになった。ビッグデータの第2の力は、正直なデータをもたらしてくれることだ。

2番目の教訓は、予想をするときに自分のモデルがどうして有効なのかを気にしすぎる必要はないことだ。セダーは左心室の大きさがなぜ勝ち馬を見抜くうえでそんなに大切なのか、完全には説明できなかった。脾臓の価値も正確にはわからない。きっといつの日か馬の心臓外科医や血液学者がこうした謎を解明するのだろう。
だが今のところ、そんなことはどうでもいい。セダーの仕事は予想であって説明ではない。そして予想を仕事とするなら勘所は予想のためには何が有効なのかであり、それはなぜなのかではない

多くの報道機関を対象に初めて政治的偏向度を調べられるようになった今、おそらく最も重要な問い―「なぜ新聞社は右寄りになったり左寄りになったりするのか?」――にもこたえられるだろう。
2人はすぐにある重要要因に的を絞った。地域の政治的土壌である。フィラデルフィアやデトロイトのように総じてリベラルな地域のメディアはリベラルに傾きがちだ。ビリングスやテキサス州アマリロのような保守的な土地柄だと主要紙も保守的になる。要するに、新聞とは読者が求めているものを提供するものであるということを、証拠は明確に裏付けていた
中略
この研究は、私たちの根深いマスコミ観を覆すものだ。
多くの人々、特にマルクス主義者は、米国のジャーナリズムは、金持ちや企業が支配しており、それは大衆に影響を及ぼすため、それもおそらくは彼らの政治的視点に同調させるためと見てきた。
だがジェンツコウとシャピロの共同研究では、これは報道機関オーナーの意向が勝ってのことではないことが明かされた。米国マスコミのオーナーたちは、自分たちがよりリッチになるためにお膝元の人々に彼らが求めるものを与えているのだ。

ある種のオンライン情報源は、人々に他では決して漏らさないような本音を吐かせている。いわばデジタル自白薬だ。グーグル検索がよい例だ。オンラインであること、一人であること、調査員が介在しないことなど、人がより正直になる条件を兼ね備えている

(テロへの恐怖に対して)オバマはすべての正しいことを話し、あらゆる主流派マスコミはその癒しの言葉を讃えた。
だがデジタル自白剤が生むインターネット上の新たなデータは、彼の演説はその主目的に対して逆効果だったことを示唆していた。怒れる群衆をなだめたどころか(人々はオバマがそうしたと思っていた)、むしろ彼らを燃え上がらせていたのだ――それがデータの示唆するところだ。
効果的と思われていたものは、実はむしろ逆効果だった。

親は「私の娘は才能がある?」より「私の息子は才能がある?」のほうを2・5倍も頻繁に検索している。親たちは公言するのが憚られるような知性に関する他の文章検索――たとえば「ウチの子は天才?」――をめぐっても同じく性別の偏りを示している

ソーシャルメディア(SNS)上では、サーベイと同じく、真実を述べるインセンティブが働かない。むしろサーベイと同じく、見栄を張ることに大きなインセンティブが働くのだ。何しろSNSのユーザーは匿名ではない。フォロワーを招待し、友人、家族、同僚、知り合い、そして赤の他人に対して、自分はこんな人間だと言うのだから。

フェイスブックはデジタル自白剤ではなく、「自分はこんなにいい暮らしをしていると友人にデジタル自慢させる薬」なのだ。フェイスブック上では、平均的なユーザーは幸せな結婚生活を送り、カリブ海に休暇旅行に出かけ、『アトランティック』の記事を追いかけている。
現実には多くの人々はいらいらとスーパーのレジ前に並びながら『ナショナル・インクワイアラー』を横目で立ち読みしつつ、もう何年も一緒に寝ていない伴侶からの電話を無視している。フェイスブック上では、家族生活は完璧に見える。
現実には悲惨なもので、そのあまり子供を持ったことを後悔する人もいるくらいだ。フェイスブック上では、あたかもすべてのヤングアダルトが週末にはいかしたパーティーで楽しんでいるかのようだ。
実際には彼らの多くは自宅に引きこもり、ネットフリックスばかり見ている。フェイスブック上では、彼女は彼氏との息抜き旅行での 26 枚の幸せな写真を投稿する。現実には、この写真を投稿するや否や、彼女は「彼氏がセックスしてくれない」とググる。そして彼氏はおそらくそのとき「グレート・ボディ、グレート・セックス、グレート・ブロウジョブ」を見ているののだ。

抜粋ここまで

誰もが嘘をついている~ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性~

こんにちは、ヘッタ・チャンです。

ここ最近読んだ本で群を抜いて面白かったのが「誰もが嘘をついている~ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性~」です。

よく言われる相場格言「節分天井」が実はデータを取ってみると全く当てはまらなかったり、
暴落の予兆と言われる「ヒンデンブルクオーメン」がここ最近全く予兆になっていなかったりと

相場で定説と言われるものには、実際検証してみると役に立たないものが多々あります。

本書では、相場に限らず、我々が定説であり、当たり前だと思っているものが実は全く当てはまらなかったと言うだけでなく

ビックデータから、我々がネットの世界で発信する情報ですら、本人が気づかないまま全く当てにならない事を教えてくれます。

他にも色々と面白い話がたくさんなので何回かに分けて紹介していきたいと思います。

選挙中の検索データから当選者が事前に予想できたり、うつ病を簡単に治す方法、成功するために必要とされる要素が実は全く当てはまらなかったなど、興味深いエピソードがてんこ盛りです

以下備忘録
2016年にトランプとヒラリー・クリントンが戦った際には、
「トランプ クリントン 世論調査」と検索した人々もいた。
また「クリントン トランプ 公開討論」で論戦の見せ場を探した人もいた。
実際、「トランプ」検索の 12%は「クリントン」という検索語と複合検索されていた。同じく「クリントン」検索の4分の1以上も「トランプ」という語を含んでいた。  私たちは、見たところ中立的なこの検索が、ある人物がどちらの候補に投票しようとしているかを探る手がかりになることを発見した。
どのようにか? 候補名の入力順だ。我々の研究によれば、両候補を含む検索においては、支持候補の名前を先に入力することのほうがはるかに多い。
過去3度の大統領選では、検索語として先に入力された候補が当選している。さらに面白いのは、この入力順は、個々の州の投票動向の良い先行指標になることだ。

エコノミストをはじめとする社会科学者は常に新たなデータ源を探し求めているから、ここで大風呂敷を広げさせてもらおう。私はグーグル検索こそ、人間心理についてこれまで収集された最も重要なデータセットだと確信している。

不安が最も募っているのは、むやみに教育程度が高い大都市だろうと思うかもしれない。
大都会では神経症になりがちだというのはステレオタイプである。
だが不安に関するグーグル検索――「不安 症状」とか「不安 助けて」など――はえてして、教育程度が低く、収入のメジアン(中央値)が低く、農村人口比率が高い地域で多い傾向がある( 15)。たとえばニューヨーク市よりも、州北部の農村地帯のほうが不安をめぐる検索率が高い

私はある地域における鬱についてのグーグル検索データと、さまざまな要因(経済状態、教育水準、教会参加率など)との相関性を調べた。
冬の気候の影響力は他の要因を圧倒していた(3)。冬の間、ハワイのホノルルのような暖かい都市では、鬱についての検索がイリノイ州シカゴのような寒い都市よりも 40%も少なかったのだ。
これは大きな影響だ。抗鬱剤の有効性研究によると、楽観的な研究においてさえ、最も有効性の高い薬剤でも鬱を 20%低減できるに過ぎないとしている。グーグルのデータによれば、シカゴからホノルルに引っ越すだけで、投薬治療の少なくとも倍も冬季の鬱の対策になる。

最近、データサイエンティストのチームが、人類が集めた最大のデータセットであるフェイスブック上の人間関係を解析した。
ある時点で「交際中」の関係にあった膨大な数のカップルを調べると、一部はその後も「交際中」を保っていたが、交際ステータスを「独身」に戻した人たちもいた。そして研究の結論は、共通の友人を持つことは関係が長続きしないことの強力な予兆になることだった。
おそらくパートナーや同じ少人数の人々と夜ごとつるむことは、あまり良いことではないのだろう。それぞれが別の社交集団を持つほうが関係を長続きさせるのだ。

私が検証した疑問は「貧困家庭と中流家庭のどちらで育ったほうがNBAで成功しやすいのか」だった。  たいていの人は前者だと思うだろう。 10 代のシングルマザーの元で育つという苦労が、この競争の激しいスポーツで抜きんでるために必要な根性を養う役に立つというのは、一般通念になっている。
中略
わかったのは、豊かな地域に生まれたほうがNBA入りするチャンスがはるかに高いというものだった。たとえば最富裕地域に生まれた黒人の子供は、最貧地域に生まれた黒人の子供よりも、2倍もNBA入りする可能性が高い。白人の子供の場合、最富裕地域の子は最貧地域の子より1・6倍有利だ。
郡別生誕地、トップ選手の母親の婚姻状況、そして選手たちの名前だ。どの情報源も完璧ではない。だがいずれとも、同じ物語を裏付けている。社会経済学的背景が良いほど、NBA選手として成功しやすいのだ。つまり一般通念は偽である。
中略
データは、中流家庭の両親に感謝を捧げるジョーダンがまさに正しいことを示唆している。貧しい地域のひどい家庭には、NBA級の才能を持ちながらNBA入りできない者がいることも明かしている。こうした男たちは才能も野心も持っているが、決してスーパースターになれる気質を育むことはない。

「有名人になる」ということ 其の弐

こんにちは、ヘッタ・チャンです。

前回紹介した勝間和代氏の「「有名人になる」ということ」の続きです。

投資家としてファンがついている方も多いと思うので、その関係性についての記述や必ず湧いてくるアンチについての考察など参考になりました

以下備忘録

ファンには三段階あるように感じます。
ファン第1段階(ファン度低) その人が供給するサービス・コンテンツが好き
ファン第2段階(ファン度中) その人が供給するサービス・コンテンツに現れるその人の才能が好き
ファン第3段階(ファン度高) その人のすべてが人として好き、応援したい
おそらく、ファンクラブの会員さんは第3段階でしょう。なぜその人を応援するかというと、自分が持っていないけれどもほしいものを満たしてくれて、それで幸福感が増すからだと思います。
さらにそのほしいものも、次の2種類に分かれると思います。
その1  自分がそのカケラを持っているので、その人を参考にすれば、自己実現の手助けをしてもらえそうなもの
その2  どんなにひっくり返っても手に入らないので、代わりにその人に自己実現してもらうもの

 

マーケティングの世界では、「アドボカシーマーケティング」という言葉が注目されています。
顧客との関係性を重要視して、よいことも悪いことも包み隠しなく相手に伝えることによって、信頼性を高め、たとえ短期的には商売にはつながらなくとも、長期的には相手の信頼を勝ち取って、顧客にとっての価値を高め、結果として企業のリピーターとしてつなげていくという発想です。
日本では『ザッポス伝説』という本で語られていますが、オンラインで靴を販売するザッポスというショップは、顧客の好みに合わせて同業他社の商品を紹介したり、あるいは間違えてピザの発注が来てもそれを取り次いだりするような、これまでにない手法で大きく成長しました

アンチファンについては、存在するのだということを認識すること、
そして、アンチファンを発生させてしまうような不用意な言動は、学習しながら可能な限り避けていくこと、さらには、こちらを見ると不愉快になるような人たちの前に、むやみやたらに露出しないこと、そういったことしかできないと思うようになりました。
また、逆に、わたし自身、いろいろな人にちょっとした印象だけでレッテルを貼ったり、きらーーーいと思うようなことが、どれだけ危険で、相手を傷つけることなのか、逆の立場になってはじめて身にしみてわかりましたので、そういう気持ちになることを戒めるようにもなりました。そうすることによって、相手のことがよくわかり、すると、その人のいいところもよくわかり、人の輪がいっそうひろがっていったように思います。

のちに、『競争優位で勝つ統計学』(ジェフリー・マー著)という本を読んだとき、目からウロコが落ちました。目が覚めたと言ってもいいかもしれません。
「結果を重視してはいけない。 確率的に高い割合で勝算があるものにチャレンジし続けているかどうかを重視せよ。 正しい意志決定をしている場合には、 短期的に結果がともなわなくとも、中長期的には必ず勝つのだから」
その文章で、自分が何を失敗したかを明確に悟りました。

「特定のセグメントの人に知られている」
ということと
「不特定多数の人が知っている」
ということ
そこには、大きな大きな隔たりがありました。
特定のセグメントの人が相手を知っているときには、比較的好意的です。
仲間として興味があり、その人の活動に興味があるからこそ知っているからです。だから、応援して、自分たちで育ててあげよう、という気持ちにもなります。
ところが、不特定多数の人が知っている場合は、必ずしもそうではありません。
自分はあまり興味のないセグメントの人を、マスメディアのような限られた情報から知るわけですから、好きになりようがないわけです。しかも、見たくもないのにテレビをつければしょっちゅう目にする、となれば、不快にすらなるでしょう
いちばん多い時期で、前述したとおり、新聞三紙、雑誌五誌、テレビレギュラー四本を同時に行っていました。
これも、どこまでできるかやってみたかったからでもあります。場を与えてもらったことには、ほんとうに感謝しています。
ただ、その結果、わかったことは、
・とりあえず、毎日、何か締め切りが来て、精神的に落ち着かない
・ひたすらアウトプットの繰り返しなので、新しいことにチャレンジできない
ということでした。しかも、これほど忙しいのに、いまひとつ顧客の幅はひろがらない。
理由は簡単でした。すなわち、いつも同じ人が読んだり見たりしているところに、毎週出続けていても、最初の数週間、あるいは数ヵ月を超えると新鮮味がなくなり、一定の興味を持ってくれる人は早々にファンになってくれて、そうでない人はそのまま、ということで、いわゆる経済学でいう   「限界効用逓減の法則」   がはじまってしまうのです。

連載やレギュラーは、スケジュールも埋まるし、定期収入も入るし、多くの人に触れられるし、とても大きなメリットがあります。しかし、「有名人ビジネス」という観点から考えると、リスクも大きく、かつ、コントロールもききません。

わたしの好きな言葉に、「信賞必罰」というものがあります。
すなわち、がんばったらがんばった分だけ結果がついてくるし、失敗したらそれにともなって評価が下がる、という単純なしくみです。
最終顧客との間に第三者が介在してしまうと、この単純なしくみがなかなかうまく働きません。
最適な努力をしても結果がともなわないと、「学習性無気力」、つまり、やってもしかたがないということを無意識のうちに学んでしまいます。それは、たいへんたいへん危険なことです

有名な人ほど、謙虚すぎるくらい謙虚に振る舞う、というのは「いろはのい」としても、
わたしが初期のころに受けたアドバイスとして、
「金銭的な利益を独り占めせず、なるべく多くの人と分け合うこと」
ということがありました。
平たく言うと、業績連動型の収入を自分だけで独り占めして、他の人たちが給料型で働くと、必ず歪みや不公平感が生じる、というのです。だからこそ、たとえばスタッフであっても、実績に応じたボーナスを気前よく払ったり、場合によっては印税シェアリングモデルにしたりするのです